9月末、翌日は孫たちの運動会で、仙台に出かけようという時、
Photobook Renewal 記念特別サービス、1冊88円!(15ページ限定、3冊まで可)
メールが届く。
安さに飛びついて、必死で作った。
ブログで記事を書いた後なので、それほど大変な作業ではない。
問題はアクセスが集中しているため、編集途中で突然パンクする!
某カメラ会社の「お詫び申し上げます。。。」に毒ついても、
安い買い物の行列に並んでいるようなものだからね。

さて、待てど暮らせど、届かない。
ホームページを見ると、作成、郵送が遅れているお詫びの記事、
だが○月○日まではお届けします。。。とある。
それを過ぎているぞ!

あれぇ~。。。本当に注文したのか不安になった。
何しろあの時は急いていたから。
過去のメールを辿ってみたら。。。。えっ!!!
注文は3日以内に入金することで確定すると書いてあった。
これまでこの会社で何冊か作っていたが、着払いにしていたから、
今回も同じだと思ってちゃんと読んでいなかったのだ。

急いては。。。。。どっと疲れが押し寄せるだけ。

そのことが分かったのは今月中旬、こじらせた風邪と闘っている時だ。
このまま諦めたら、風邪も直らないような気がした。
で、先週、体調が良くなりはじめた時、
再度、作りなおした。
もうあの安さにつられての必死さは出てこなかった。
それなりのお金を払って作るとしても、情熱が湧いてこない。
二番煎じのお茶を飲んでいるみたいだった。
まぁ~こんなものかな。。。。妥協も必要だ。
とにかく今の私には決着をつけることが最優先事項だからね。

昨日届いたのですが。。。。

週刊誌大の大きさ(右はこれまでのサイズ)
タイトルは"Tomorrow Is Another Day" に決めていたから、
必然的に、表紙はプランテーションのお屋敷から見た樹齢300年のオークの木々だが、
う~ん。。。。まぁ~妥協したんでしょう(笑)




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表表紙の裏、裏表紙の裏(あれぇ~?)は全面使うと迫力が出る。





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見開き2ページを使う写真は、大きい分インパクトの強い
写真が良いのだろうが、これもちょっとね。。。。妥協!





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テンプレートの種類が多くなり、色々遊べるようだが、
遊び過ぎずに余白を生かした方が良いなぁ~と思った。

表紙は"Amtrack"にすれば良かったなぁ~と後悔。





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何はともあれ、決着という目標はクリア出来た。

今週は出来るだけ車を使わずにウォーキングに心がけた。

今日は1か月ぶりに読書会のようなものに出かけ、
元気なシニアたちの輪の中に居た。




by Hana3131H | 2016-11-26 20:48 | Comments(2)

必要最小限のお土産しか買わない私ですが、
その中の自分用に買った「ニューオリンズ」の土産話を。。。。


地図の  は
 Cafe du Monde
ニューオリンズのお土産 No.1 は チコリ入りの珈琲このカフェの
オープンテラスは人で溢れていた。美味しい珈琲と四角いドーナッツ
「ベニエ」が人気。たったこれだけで150年以上も繁盛している
カフェだそうだ。混んでいたので、パス!珈琲も当地のこだわりの
気に入った店があるので買わなかった。(笑)

このカフェの近くの"Aunt Sally's"というギフトショップで買ったのが、
 のお土産 No.2 の 「プラリーン」。プラリーンはピーカン(オニグルミ)
と砂糖をバターで煮詰めて、薄い円盤状にしたお菓子。甘いのだが、珈琲
や紅茶に合うのだ。

で、昨日の新聞記事(広告特集)に、
「小腹がすいたとき何を食べますか?」
美と健康を意識した、キレイなあの人たち。。。。彼女ら(彼ら)の対策が
載っていた。
。。。大豆・アーモンド・ナッツとドライフルーツ。。。圧倒的に多い豆や木の実の
中にあって、「冷や飯」が医学博士の川島朗氏。冷や飯はゆっくりと血糖値を上げる
ことが出来、腹もちがいいのだそうだ。チョコや「プラリーン」も良いけれど、小さな
おにぎりを握っておくのが一番だろうね。



 は No.3 の 
"Crystal"
French Market の中の Pepper 専門店で買った。
お馴染みの「タバスコ」が何種類も並んでいる。実はニューオリンズ生まれだ。
が、お店の人が、地元の人に人気があるのは"Crystal" だと教えてくれて、
日本でも買えるタバスコは止めて、crystalにしてみた。
「ジャンバラヤ」を作る際に使ったらよいかもしれない。が、今の所、ピザに
降りかけてみただけ。タバスコより辛くないですよぉ~。








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リフォームしてよりシンプルになったキッチンに旅の思い出を
飾りたかった。白が基調のキッチンにこだわりの「赤」が条件だ。


結局 「タバスコ」のコマーシャル ですね。

赤唐辛子は自分で作ったもの。
昨日、スーパーで赤唐辛子の束が100円だった。
緑の葉に赤い唐辛子が沢山ついている。その色の
可愛らしさと、料理に使えることを考えれば、
買わなきゃ。。。と思ったが、以前、このリースを
作った時、手がひりひり痛くなったことを思い出して
止めた。






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音楽が溢れる街、疲れた時は 冷蔵庫のマグネット を見て思いだし、
元気をもらおうか。

右隣の「嘆きのマグネット」は凹みますねぇ~(笑)






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旅に出る前のこと、NHKの「らじるらじる」の「アーカイブ編」で、
平成7年放送の「人生読本」、64歳の「小田実」を見つける。
アメリカの旅に出る前にこの番組を目にしたのも、何か因縁めいた
(大袈裟だね)ものを感じて聴いてみた。

敗戦により、男子校の生徒だった小田氏は、突然男女共学の中に放り
こまれた。これは青年にとっては大事件だったと。
大学に進んで、経済的に余裕がなかったが、※①「フルブライト奨学生」として
アメリカにわたって学ぶチャンスを与えられたこと。世界中の多くの若者たちに
アメリカが奨学金を出してくれた意義は大きいと言っていた。
そしてその留学の時にアメリカ南部や貧しい国々を周って書かれた本が
「何でも見てやろう」だ。

。。。。。アメリカは2つの顔を持っている。American Democracy、民主主義とか平等に強く
惹かれた。一方でアメリカ南部を旅した時、アメリカが差別社会であることを実感した。同時に
感じたことはアメリカは差別を克服していく力を持っている。克服する力となる人は「意義を
唱える人」。。。※「デッセンター」である。デッセンターが国を変えていく可能性を持っている、
それは素晴らしいことだと思った。
。。。。別の意味でも2つの顔を持っている。自由と民主主義の顔とものすごい軍事大国であること。
。。。ベトナム戦争が起こって、それを終結させることがAmerican Democracy の目指すことだと
考える人たち「デッセンター」が出てきた。脱走兵4人を支援する組織が出来、それが広がっていく
ことが大きな力となった。色々な国の人間が集まっている、異なった価値観を認めようと努力している、
それがアメリカの魅力だ。。。。。


番組を聴いてメモをとったことなので、実際は違う言葉を使っている部分もありますが、
大意は間違っていないと思う。なるほどと思ったのは「意義を唱える人」の重要さだ。
で、実は「デッセンター」のスペリングが解らず、調べてみたら。。。。
動詞は ”dissent ”「意義を唱える・国教に反対する」、名詞で "dissenter "だとわかりほっ!とした。(苦笑い)
この番組から20年以上が経ち、アメリカも世界情勢も大きく変化してきている。情報が溢れ、管理、操作されることが容易な社会、
周りに流されることが容易になっている中で、「デッセンター」が国を変えていく可能性が問われているのは、アメリカだけでなく、
日本もではないかと感じているのだが。。。

旅の記事の中にもすでに書いたかもしれません。今回の旅は短い期間のツアーだったけれど、
楽しい旅だと感じることが出来たことの一つは、行く先々で出会った南部の人たち、
黒人の"Friendly" 人懐こさと笑顔だった。

さて、西海岸、南部と旅をしたことになるので、次回はチャンスがあれば、東部に行って
みたいな。


注釈
※①「フルブライト留学生」

“Educational exchange can turn nations into people, contributing as no other form of communication can to the humanizing of international relations. …I do not think educational exchange is certain to produce affection between peoples, nor indeed do I think that is one of its necessary purposes; it is quite enough if it contributes to the feeling of a common humanity, to an emotional awareness that other countries are populated not by doctrines that we fear but by people with the same capacity for pleasure and pain, for cruelty and kindness, as the people we were brought up with in our own countries.”


            Senator J. William Fulbright


フルブライト・プログラムは、第二次世界大戦終了直後の1945年、「世界平和を達成するためには人と人との交流が最も有効である」との信念のもとにウィリアム・フルブライト上院議員が米国議会に提出した法案に基づいて発足した、米国と諸外国との相互理解を目的とする人物交流事業です。
。。。。。。。。。 米国で発足した本プログラムは、世界で最も知られた権威ある人物交流事業として発展し、これまで半世紀以上にわたり13万人以上の米国人と、日本を含む160か国以上の23万人以上の人々に、相手国での研究や教育の機会を提供している。。。。(ホームページより)




by Hana3131H | 2016-10-06 21:33 | Comments(2)

番外編②.......Soul Food

。。。これが私のソウルフードだわ!。。。。

帰省した娘が「ササゲの油炒め」を食べて、言った言葉、
そう、そして私のソウルフードは「茄子の紫蘇巻き」ね、
以前「ソウルフード」についてこんな風に書いた。
この場合の「ソウルフード」は実は辞書では2番目の意味、
つまり派生した使い方。

2.その地域で親しまれている郷土料理(大辞泉)

では1番の意味は何か?
これはもう。。。。Soul と言えば、Soul Music、魂の音楽だよ。
そう、アメリカ南部の料理だ!

 

1. 米国南部の黒人の伝統的な料理。豚の内臓の煮込み、
ナマズのフライ、コーンブレッドなど(大辞泉)

豚の内臓の煮込み、食べていたかもしれません。
煮込んでいるとわからないからね。
ナマズのフライ、コーンブレッド、しっかり食べてきました。

舌から脳へ、記憶した南部料理のいくつかを食レポしておこう。



"BBQ" at B.B.King's Blues Club in Menphis

店に足を踏み入れた途端、まさに Soul を鷲つかみされたような
ブルース、同様に、このBBQを食べた途端、虜になる。
見た目は雑、給食のお盆のようなものにペーパーが敷かれ、
食べ物のバランスなんて、てんで気にしていない。そもそも
デ~ン!と登場した豚スペアリブ、全部食べられないなぁ~と
思う大きさだ。上の左側はコールスロー 右は煮豆(笑)
どちらも美味しかったぞ。さて、スペアリブだが。。。。
味は焼き鳥の「タレ」に香辛料が入っているようなもの。
これが美味しい!皆、口々に言っていただろう。(ブルースに
会話がかき消されていたので。。。)それが証拠に、隣の
70代の上品なご婦人は、平らげて、リブ(骨)を並べて記念
写真をとって、私に見せてくれて、こう言った。

。。。。これは旅の思い出になる美味しさねぇ~。。。。


この後、色々南部料理を食べたが、この焼き鳥ではなかった
「焼き豚スペアリブ」が No.1 と言えるかもしれない。
肉がリブからホロホロ崩れて。。。。あぁ~また食べたいな(笑)





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"Meatloaf" at Arcade in Menphis

1919年創業のメンフィス最古のカフェは、
「ミステリートレイン」等、15本の映画に使われている
そうだ。が、この店が客を惹きつける大きな魅力は、
エルビスが「ミートローフ」を食べに通った店だという
点だろう。

ミートローフも大きくて、食べきれないかなと思ったが、
思ったよりもジューシーで味も良く、完食!
隣がポテトサラダ、左は「インゲン」
この後、デザートに桃のケーキが出たが、
食べきれなかった。

食事に行く先々でガイドさんが言う。

。。。。。全部食べなくて良いんですよ。アメリカ人に合わせてボリュームや
甘さですから。。。「もったいない」精神は身体の毒になりますよ。。。

.......... I See ................




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The Menu Of Oceana Grill in New Orleans

メニューの中央が見えるかな?

Grilled Chicken Served With Jambalaya & Salted Vegetables




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画像左…チキンの隣のカップに入っているのは「クラムチャウダー」のような味、具は海老。
    上の皿、左は高菜?炒め。。。そして、「ジャンバラヤ」。
    
画像右…でっかいチョコレートケーキ。こんなケーキが何度か出たが、完食できず!
    食事の度に地ビールを飲んでいるためとは言えない位の甘さと大きさ。






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Jambalaya はルイジアナ風の炊きこみご飯。この地方を支配していた
スペインの名物料理「パエリア」に似ているが、サフランは使っていない。
トマトと適度なスパイスが効いている。

さて、ここで食レポも食傷気味、書いている私がだから、
読んでいる人はもっとだね。。。。リフレッシュに音楽♪


「ジャンバラヤ」は1952年、私が生まれた年に作られたカントリーソング。
作った人は若くして亡くなった「ハンク・ウィリアムス」(1923~1953)。
亡くなる前年に作られた曲、カントリーのエバーグリーンだ♪
「カーペンターズ」がカバーすると、どんな歌も爽やかな歌になるが、(笑)
歌詞はですね。。。。


"Jambalaya"

Good-bye, Joe, me gotta go, me oh my oh
Me gotta go pole the pirogue down the bayou.
My Yvonne, the sweetest one, me oh my oh
Son of a gun, we'll have big fun on the bayou

Jambalaya and a crawfish pie and file' gumbo
'Cause tonight I'm gonna see my ma cher amio
Pick guitar, fill fruit jar and be gay-o
Son of a gun, we'll have big fun on the bayou.

ジャンバラヤとザリガニ・パイとガンボ、
今夜 かわいいあの娘と会うから
ギターを持って ビンに酒いっぱい入れて 楽しくやるんだ
ヤッホー 楽しくやるんだ バイユで

Thibodaux, Fontaineaux, the place is buzzin'
Kinfolk come to see Yvonne by the dozen
Dress in style and go hog wild, me oh my oh
Son of a gun, we'll have big fun on the bayou.

Jambalaya and a crawfish pie and file' gumbo
'Cause tonight I'm gonna see my ma cher amio
Pick guitar, fill fruit jar and be gay-o
Son of a gun, we'll have big fun on the bayou.

Settle down far from town, get me a pirogue
And I'll catch all the fish in the bayou
Swap my mon to buy Yvonne what she need-o
Son of a gun, we'll have big fun on the bayou.

*リピートの部分だけ訳入りです。要は「イボンヌ」と言う
 娘と会って、美味しい南部料理を食べて、これから親や
 親戚に紹介するんだぁ~と浮かれている歌。

何気なく歌っていた「ジャンバラヤ」ですが、実際食べてみて、
歌の意味、能天気になるのが分かったような(笑)

で、聴き比べてみよう。最初は「ハンク・ウィリアムス・トリビュート」、そして「カーペンターズ」















さて、リフレッシュしたところで、最後の食レポは、
「ドレスコード」で出かけた、今回の旅で最も高級
なレストラン。


The Menu Of Arnauds

メニューからして高級感がありますね(笑)




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画像左…左の茶色い食べ物は、先ほどの「ジャンバラヤ」にも
    登場した「ガンボ」。ガンボとは西アフリカのある地方の
    言葉で「オクラ」のことだそうだ。ビーフシチューに米が
    入り、スパイスが効いた食べ物だと想像してください。
    予想以上に美味しかった。

画像中央…"Gulf Fish" 何の魚か最後までわからなかった。私のテーブルの残り5人は
    皆、シュリンプを選んだのに、私だけ魚にこだわったのは、Catfish(なまず)のフライが
    美味しかったから。でも「なまず」じゃないんですよ。。。。それだけは分かる。
    ソースはアーモンドが効いた上品な味。で、右上にガーゼにくるまり黒いリボンが
    ついたものが見えますか?
    これは最後まで食べ方がわからず、最後に恐々開けてみたら。。。。「レモン」!
    手が汚れないようにガーゼにくるんであるんでしょうねぇ~。。。初体験というか、
    結局料理をさらに美味しくする心配りに気がつかなかった、私。

画像右…この店評判の「クリームブリュレ」。
    味、見た目、今回の旅のデザート部門のNo.1です。







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南部料理はどれも、期待していた以上の美味しさだった。
20代の終わりごろアメリカ(サンフランシスコ/バークレー)に1か月程
滞在していた時は、アメリカは何もかも大きい、料理もだ。大雑把でとにかく
塩辛いか甘い!(大学のカフェテリア中心で高級な店に行くこともなかったからだが)

南部の料理は奴隷の苦しい生活から生まれたもの。ご主人様たちのために美味しい
料理を作り、自分たちはモツ肉、動くものなら何でも食べようと「ナマズ」や
「ザリガニ」だ。
さらに、世界中から集まって来た人たちが故郷のレシピを持ちこんだ。特に
植民地時代のスペインやフランスの影響。そして何よりも、アフリカ料理。
これらが融合して出来たのが南部料理だ。料理に歴史が組みこまれているのは、
当然ですね。。。。実感の美味しい旅だった。

それにしても、日本から移住された人たちが、懐かしい日本料理、まさに
ソウルフードを色々苦心して作られている記事を、ブログでよむことが
あるが、恐らく、徐々にじわじわと「あぁ~食べたい、ソウルフード」と
懐かしさから作られているのでしょうね。







More(おまけ。。。 小さな「芋」ランチ)
by Hana3131H | 2016-10-05 21:16 | Comments(4)

アトランタ~ナッシュビルに向かう途中立ち寄った「ビジターセンター」
車で旅をしている人たちが、旅の情報を得るための場所だ。
入口のドアを開けて。。。。あぁ~アメリカらしいなぁ~
そう思って撮ったこの写真、気に入っている写真の一枚だ。




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隣の部屋には南部の地図、資料が並べてある。
中央のカウンターには、旅のアドバイスをしてくれる人が居る。
今回の旅、出来れば、ミシシッピ河に沿って、ツアーではなく
車で旅をしてみたかった。さすがに一人は怖い!かと言って
相棒はいないしね(笑)
ビデオカメラで撮ったら1本のロードムービーが出来るだろう。
タイトルは?
「トムソーヤーになりたかった」なんてどう?
それとも「モーガンフリーマン」のような運転手を見つけて、
「ドライビング・ミズHana」も良いな(笑)



そこでもらった地図の一部。
ナビは便利だけれど、地図を見るのが好きだ。
知らない町、これから尋ねる場所まであとどれ位?
鳥になって俯瞰する楽しみ。




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街の中にもビジターセンターはある。
こちらはメンフィスの中心街、
エルビスとB.B.King の像があった。
エルビス命のNちゃんがそっちなら、
わたしはこっちで。。。。


明るい光が射しこむ窓からは、
広いミシシッピ河が眺められる。




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More(あれぇ~Hana 大丈夫?)
by Hana3131H | 2016-10-04 17:00 | Comments(0)

ニューオリンズ

6日目 9月14日

真夜中まで人、音楽で溢れていただろう街の朝は静かだ。
今日はフランス植民地時代の面影を残した旧市街「フレンチクオーター」を
歩いて観光する。

今回の旅で訪れたどの街とも違う、恐らく、新しいもの好き、進化を好むアメリカの
どこにもないだろうエキゾチックな雰囲気が漂う。セピア色の映画の世界に入りこんだ
ような錯覚に陥る。

惹かれたのは繊細な細工を施した「アイアンレース」、鉄製のバルコニーと
花だろうか。家紋のようにその家独特の細工を好む人が多いのだ。






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バルコニーはギャラリーと呼ばれているが、人々はそこに立ち、
街の雰囲気を楽しみ、隣同士コミュニケーションをとる場所でも
ある。場所によっては、夜ともなると、妖しげな女性が夕涼みを
している。。。。





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何事も「過ぎたるは。。。。。」で、
花も暑苦しいだろうな。




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骨董品店が立ち並ぶ中にあった「薬局博物館」。
1823年、アメリカ初の薬剤師が開いた薬局が
博物館として残っている。中庭には薬草として使った
ハーブが栽培されている。

左の美しい女性は現地ガイドのK子さん。
秋田は大潟村の出身ということで、
。。。うぁ~東北弁が話せる、うれしい。。。
喜ばれた。

東京でパートナーと出会い、結婚、ニューオリンズで暮らしている。
今回の旅で4人の現地ガイドと出会ったが、パートナーはいずれも
黒人男性。
。。。。私はそれほど感じたことはないけれど、パートナーは差別は未だに
あると言ってるわ。。。。とにかく警官に何か言われたら、悪くなくともホールドアップ
(手を挙げる)をするように言っているの。。。。

そう言ったのはK子さんだけではなかった。


敢えて顔にモザイクをかけなかったのは、K子さんが美しいことも
あるが、その事情を考えてね。
日本語ができるガイドが少ないこと、何よりも日本人観光客が少ないこと、
。。。。きっとこの街に来る日本人ツアーのガイドは私になるわよ。
もっと仕事が欲しいから、この街の良さを帰国したら宣伝してください(笑)。。。






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フレンチクオーターに家を持つことは、ステータスが高いことを示すことにもなる。
裕福な人の家にはパティオ(中庭)があって、町並みに落ち着きを与えて
いる。

フレンチマーケット近くに、最近まで住んでいたという「ブラッドビット」の
ニューオリンズの別荘があった。
。。。。確か今色々ともめているのよねぇ~。。。。
ミーハーな芸能人のゴシップ話。





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あぁ~ここが。。。。
そう思ったのは1908年、ニューオリンズ市裁判所として建てられ、
今は「ルイジアナ最高裁判所」である。

映画「JFK」の舞台となった場所。
この映画、ケネディ大統領暗殺にまつわる大きな陰謀を取り上げ
話題になった映画だ。
内容はニューオリンズの地方検事ジム・ギャリソンが暗殺の犯人の一人と
された「オズワルド」に記憶があり、すぐにこの人物の調査を始める。
一地方検事がFBIとかCIAといった国家組織に立ち向かい、
妨害にあいながらも執念の調査を行うが、事件に関係すると思われる人間が
次々と消されていく。そしてオズワルド単独犯犯行説が確定的になるが、
それでもジムは諦めない!そして黒幕の一人とされるニューオリンズ財界の
大物を逮捕して裁判に持ち込むのだ。
この裁判で検事調書を述べる部分が映画の山場だろう、
いかにアメリカという国が不正な組織に乗っ取られようとしているか、
仕組まれた巧妙な仕掛けは、国の組織が関与していると。。。。
結果は陪審員の判定で被告は無罪。多くの疑問を残したままJFK暗殺事件
は幕を閉じる。そして、関係書類は半世紀後まで封印されてしまうところで映画は
終わる。
確か、その半世紀後は2023年だったかな?
果たしてそこに何が書かれているのか。。。。それも興味深いが、
久しぶりに「JFK」を思いだし、このような映画を作ることが出来た
真実を求める表現の「自由」があるのが、アメリカなんだなと思う。







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色々ないわく付き(例えば幽霊屋敷とか)のある建物や、路地を抜けて、
明るい広場、「ジャクソン広場」に出る。

ひときわ目を引くのは「セントルイス大聖堂」
1718年、街が出来るとともに建てられた、
アメリカ最古の大聖堂。



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大聖堂を出て徒歩5分ほど、「フレンチマーケット」で自由散策。
友達は買い物に余念がないが、私は「レモネード」を飲んで涼んでいた。
アメリカ南部を旅することになり、心配だったのが、東京より暑さも
湿度も厳しいこと。。。。ところが、来てみるとそんなことはなかった。
確かに暑いが、旅立ちの前泊での東京の方がずっと蒸し暑かった。
だが、さきほどのガイドのK子さんによると、私たちはラッキーとのこと。
前日までのニューオリンズはくらくら眩暈がするほど暑かったそうだ。
で、今日は、確かに暑いが、東京よりは空気が良いよぉ~。


再集合して、いよいよお楽しみのクルージング。
船着き場に向かう途中が、撮影スポット。
ジャクソン広場の「セントルイス大聖堂」





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ニューオリンズに来たらはずせない観光が「ミシシッピ河クルージング」





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蒸気船ナッチェス号。
船の長さ81メートル、定員1600人の
大型蒸気外輪船だ。





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水しぶきを浴びながら、ニューオリンズ港を眺める。
甲板で風に吹かれる、エンジンルームを見学、
そして、昼食はバフェ(バイキング型式)だ。
ジャズの演奏が始まるまで食べ終わることになっている。
朝、同じホテルで一緒で話をしたカナダはケベックからの女性と再会。
そのツアーは48名の一行。
バフェは基本は色々な料理を一回だけ、とることになっている。
デザートのアップルプディングを置いて中座、席に戻ったら消えていた!
そこはサバイバルイングリッシュ。。。。デザート担当の黒人の
女性の所に行って。。。。食べるつもりが、片付けられたよぉ~・・・・
そう言ったら、笑顔で大盛りくれた。。。。ありがたいが多過ぎたかな。






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満腹になったところで、ジャズの演奏。
一番手前の男性、....I love Japan.....
そう言ったのは、社交辞令ではなく、毎年浅草のサンバカーニバルに
出演しているとのこと。

ミシシッピ河沿いの町を時折眺めながら、
デキシーランドジャズ♪
カナダ人の中には踊り出す人たちもいる。
のどかな2時間のクルージングだ。







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この旅の最後の観光は、フレンチクオーターからバスで1時間、
「オークアレイ」
樹齢300年のオーク(樫の木)が並ぶお屋敷、
「風と共に去りぬ」の世界を彷彿とさせるプランテーションだ。






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お屋敷の中を見学して、2階の戸を開けると。。。。。
スカーレット・オハラになったような気分で、呟くだろう。
画像下にに書いたのは、最後の言葉
(小説とは場面設定は違いますが)

......Tomorrow Is Another Day.......






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奴隷90人ほどが働いていたサトウキビを栽培するプランテーション。
90人の奴隷一人一人の性別、年齢、値段が書かれた掲示板があり、
その近くに当時の奴隷の小屋を再現している。







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オークの木陰に居ると、暑さを感じない。
南北戦争によって終わりを告げたプランテーションの栄華、
そしてそこで馬のように働かされた奴隷たち。。。。
その歴史を樹齢300年のオークの木は、しっかりと見続け、
今に伝えているのだろう。






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さて、いよいよ旅のフィナーレだが。。。。

旅立ちの2日前、添乗員のHさんから最終確認の電話が入った。
。。。。最終日の夕食は「ドレスコード」があります。。。。

??? ドレスコードって?

高級なレストランのようで、カジュアル過ぎる服装は避けてくださいとのこと。
そんなことを言ったって、スーツケースはもう成田のホテルに送ってしまったし、
たとえ送っていなくても、フォーマルな服?ないよぉ~!

で、白いシルクのブラウスにパールのネックレス、グレーの麻のワイドパンツを持った。
私を知っている方は、想像してみてください。どう?良いでしょう(苦笑い)


レストランは1918年創業、クレオール料理のレストランの中では
最も高級な店。。。。。






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ジャズトリオの演奏を聴きながら、確かに美味しい料理を堪能。
左の男性は見覚えありますか?浅草に毎年来る日本大好きな方。
真ん中のバンジョーの女性も素敵でした。
この後、3人とも服装を替えて、客席を周り、リクエストの曲を
演奏してくれる。






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一行12人の今回のツアー。
夫婦2組、我ら友達同士1組、後はおひとりさまの男女6人。
丁度男性6人、女性6人だ。年齢は30代のジャズ演奏者を目指す
若者以外は、ほぼ同年、夫婦2組は70代前半、根掘り葉掘り詮索
するわけでもないが、自然とわかっていくのです(笑)
テーブルは2つに分かれた。
もう一つのテーブルでは"What A Wonderful World"をリクエスト。
我らがテーブルでは。。。。長老のジェントルマンにお任せ、
彼のリクエストは"Sukiyaki Song" でした。
なかなか良かったですよ。


画像は今回の旅に誘ってくれた50年来の友達のN。
前泊を含め9日間、一緒に旅をするのは、夫婦であれ、友達であれ、
多少は気持ちの行き違いもあるだろう。

だが、そこはお互いの長所も短所も分かって上で、これは旅の道連れとしては
良いなぁ~と思った間柄だから、とても快適に楽しく過ごすことが出来た。

エルビス命の友達のNちゃん、ありがとう、
とても楽しい旅でした。





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さて、読んでくれた皆さん、長い旅の記録につきあってくれてありがとう。
番外編も書く予定なので、良かったらどうぞ。。。。。



では、ニューオリンズで一番良く聴いた曲、
ライブハウス、クルージング、レストラン、公園、ストリート。。。
やはりこれでしょう。











by Hana3131H | 2016-09-26 20:12 | Comments(4)

5日目 9月13日

5時起床、夜明けもまだだ。
メンフィスの「アムトラック」の駅へ向かう。
よほど気に入ったのか、再び駅の待合室に続く階段の写真を撮る。
本当に1960年代頃の映画に出てきそうな駅、
さぁ~この街を出て新たな世界に旅立つ若者になった気分。(笑)






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「アムトラック」....”.AMTRACk” は AmericaとTrack(線路)を合わせた言葉。
つまりアメリカを走っている鉄道会社だ。今回乗るのはシカゴ発ニューオリンズ着の
"City Of New Orleans"号。

おぉ~シカゴからやってきました!
ディゼル機関車、ぽぉぽぉ~♪
汽笛が機関車トーマスのようで愛らしい。
(トーマスはイギリスのアニメですが)

6:50メンフィス発

二階建て、1階は荷物置き場やトイレがある。




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階段を登って2階の座席、
これが普通席!その広さに驚く。
ゆったり広く、フットレストはもちろん、座席の足元も高くなる。
問題はここでもアメリカ人仕様だろう、ゆったりし過ぎて、なんて
私の足は短いんだろうと思い知らされる。




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何しろ広大なアメリカを走る鉄道だ、この列車に乗る時間は8時間の予定。
疲れないように飽きないように、カフェ車両、食堂車、展望車がついている。

カフェで1時間ほどゆっくりとコーヒータイム。




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車窓から見る景色。。。。
あぁ~これがひょっとしたら「綿花畑」だろうか?
白いふわふわの花がはじける頃はこれからだろうか。





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事前の自由研究で見た映画"The Butler"(大統領の執事の涙)の
冒頭の綿花畑のシーンは、本当に切なかったが、やはりこの風景を
見たら歌いたくなったよ。









綿花畑、湿地、森、そして田舎町が車窓から見える。
この画像が見えた町は比較的賑やか、家も大きい方だ。
メンフィスを出てからしばらくは、小さな小さな田舎町の、
小さな小さな家々が続いていた。
こんな風景、映画で見たことがあるなぁ~。。。。

日本に帰ってから、映画を見る機会を作って、こんな風景が
出てきたら、旅をまた味わう気分になるだろう。





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おぉ~ミシシッピ川だ!
段々、街が賑やかに大きくなってきた、
15:30 あのこは日本のママ(?) やってきたのはニューオリンズ!!(笑)


見えにくいですが、画像の地図、
Hana3131はAMTRACK,
M.River はミシシッピ川。




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ホテルはダウンタウンにある"Wyndham New Orleans" に2連泊.

チェックイン後、夕食のレストランとジャズのライブハウスがある
「バーボンストリート」を散策しながら向いました。

街は明日ゆっくり歩くことになっているので、
簡単な紹介に留めます。
バルコニーに花が溢れる、まさに映画に出てくるような街。





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1877年、一度目の結婚、黒人女性と別れた後、
ニューオリンズのアパートに住み、編集の仕事や
食堂経営などをした「ラフカディオハーン」が住んでいた
建物。3階の右端だが、ここは現在「ストリップ場」とのこと。







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バーボンストリートの中心にあるレストランで夕食。
看板にあるseafood が何かわかる?
ニューオリンズでのseafoodと言えば、「なまず」(Catfish)と
「ザリガニ」(Crawfish)!
土臭いとも言われているが、一度は食べて見たかった、
が、出てきたのはチキンだった!




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いよいよジャズのライブハウスに移動!
空はまだ明るく、人通りもそれほど多くはないが、
四方八方のライブハウス、ストリート、公園からジャズの
演奏が聞こえてくる。





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本格的なディキシーランドならこの店と言われている、
人気の店は超満員だったが、一番の前の席で、
トラディショナルなジャズに酔いしれる。
音楽の良し悪しはわからぬ身だが、心わくわく
身体は踊っていた!(笑)

外に出ると、人、音楽、人、音楽。。。。
あぁ~この街は1年中が「ねぶた祭り」なんだなぁ~。
人が多いからではない、血が騒ぐ「じゃわめぐ」(ざわめくの津軽弁)街だ。


ゆっくり散策してください、ライブハウスも他にも行ってみてはと
ガイドさんに言われたが、シニアには血が「じゃわめぐ」も過ぎると
身体の毒である。スーパーマーケットに寄ってホテルに帰る。



ライブハウスの1曲目はこの曲。。。。。

















by Hana3131H | 2016-09-25 09:43 | Comments(2)

メンフィス2日目

4日目 9月12日

およそ半世紀前、高校生だった頃、友達のNはエルビスが大好きだった。
だから、1977年8月16日に亡くなった時、世界中のエルビスファン同様、
失意、悲しみにくれたことだろう。。。その頃は、私はNとは離れた土地で
暮らしていたから、想像にすぎないのだが。

今年4月、Nが言う。
。。。。あなたいつだったか仕事を辞めたら、一緒にエルビスの墓参りに
行くと言っていたわね。。。。

確かに言った記憶はある、軽い気持ちだったが。

今回の旅の旅程、内容を見せられて、これは確かに面白そうだと思い、
色々抱えた身ゆえ。。。ドタキャンもありで、許してもらえるなら行こうかなぁ~。。。

そしてとうとう実現した旅なのだ。

興奮するNと共にやってきた「グレースランド」
大通りをはさんで、邸宅とエルビスに関する資料館、土産物店が並んでいる。
チケットを購入すると、ツアー番号が記載されているので、シャトルバス乗り場で
自分の番号が呼び出されるまで待つ。
長蛇の列、ここはまるでシニアのテーマパークだ!(笑)




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資料館の一つ、「自動車博物館」で。。。。
Nはピンクのキャデラックの前で撮影。





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シャトルバスの運行で入場制限をしているので、
邸宅はゆっくりと見学できる。
1959年、エルビス24歳の時、$10万で購入。





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広大な敷地、緑の木陰がありがたい。




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邸宅の内部は思ったほど大きくはなかった。
その中の一部。。。

ダイニング




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キッチン




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邸宅を出ると、「メディテーションガーデン」。
エルビスと両親、祖母のお墓がある。
Nは手を合わせてなかなか動かない。
良いのよ。。。。ゆっくりとエルビスに語りかけて。
私はと言えば、最初は手を合わせ。。。待てよ。。。十字架をきりアーメン。
無神教ゆえの、柔軟さ(笑)





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エルビスが友達と遊んだ牧場。
遠くに馬が見えるだろうか。





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あちこちに「サルスベリ」の花が咲いている。





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アメリカは何でも大きいのだろうか?
こんな大きなベコニアは見たことがない!




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日本の某首相がここを訪れ、
"! am a fan of Elvis. Glory Glory Hallelujah..."
歌ったことがありましたね。
見応えのあるテーマパークだが、何故か、私は昨日見た
ツゥペロの小さな家、教会の方が心に残って いる。



昼食は、エルビスがよく通ったレストラン"Arcade"
彼が好きだったミートローフは美味しかったよ。
エルビスの指定席で。。。。
店は街の食堂の雰囲気で、それがかえって良かったかな。




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この食堂の向かいに、翌日乗ることになる「アムトラック」(大陸縦貫鉄道)の駅がある。
早朝の出発なので、明るいうちに記念撮影。
古い映画に出てくるような待合室が渋い。
画像…左の階段を登ると、待合室と切符売り場。






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いよいよ、キング牧師暗殺の場所「ロレインモーテル」だ。
現在は国立公民権博物館になっている。
1968年4月4日、遊説で訪れたメンフィス、
このモーテルの306号室のバルコニーで何者かによって暗殺される。





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道路を挟んだ向かい側、少し高台にある建物、
この建物の2階の右側の窓から銃弾は放たれた。
享年39歳。短い生涯に2500回もの演説を行ったが、
死の前日の言葉。。。


"I’ve Been to the Mountaintop(私は山頂に達した)"



Well, I don’t know what will happen now.
We’ve got some difficult days ahead. But it doesn’t matter with me now.

Because I’ve been to the mountaintop. And I don’t mind. Like anybody,
I would like to live a long life. Longevity has its place.
But I’m not concerned about that now.

...........................................

...... I want you to know tonight, that we, as a people, will get to the promised land.

And I’m happy, tonight. I’m not worried about anything. I’m not fearing any man.
My eyes have seen the glory of the coming of the Lord.




。。。。もう長生きなどどうでも良い。私はすでに山の頂に立ち、
その向こう側を見て来たのだから。。。私は何も誰も恐れない。。。

死を予感しているかのようなスピーチ、
いや常に死と隣り合わせで戦ってきた故の言葉だろうが、
それが現実となった場所に立つと、
キング牧師の偉大さに心が打たれる。
青空が本当に痛い。




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その後、前日も行ったビールストリート散策。
私が向かったのは「ギブソンギター工場」

はい、おみやげをこれから買います。。。ギター?
あははぁ~。。。。もっと小さいものよ。




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音楽の旅再開。
ロックンロールが生まれた伝説のレコーディングスタジオ「サンスタジオ」






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才能に恵まれながらもレコーディングする資金のないミュージシャンのために
生まれたスタジオ。エルビスは18歳の時、母親の誕生日プレゼントとして
"My Happiness" "That's When Your Heartachs Begin" を録音するために
ここにやってきた。
画像左。。。はエルビス18歳の時の写真とギター
画像右。。。録音したスタジオ。ここで実際の音源を聴き、エルビスが使ったマイクで
      各自歌っているつもりの写真撮影(笑)





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メンフィスの街、路面電車や馬車が走る素敵な街だ。
夕食はオープンテラスの横のレストランで。





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明日は早朝の出発。
いよいよ旅の終盤、目指すは。。。。
。。。あの子はルイジアナ・ママ、やって来たのは。。。。♪
この歌を知っている人は、結構長く生きてきた人ですねぇ~(笑)



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午前中、小雨が降る中、眼の定期検査に出かける。
良くはなりようはないが、悪くもなっていないので、良し!
あれぇ~と思ったのは、30代からの「若年性白内障」のため、
ずっと30年以上お世話になり、手術もしてもらった院長のI先生、
10月からは総合病院からやってくる医師が院長になると掲示してある。
I先生は予約の患者のみの担当、今日が最後かなと思うとさみしい。
まぁ~ひょっとしてお世話になることもあるかもしれませんが。
いつも冷静、知性、品性を備えた素敵なジェントルマンだ。
眼光の鋭さは相変わらずだが、確かに外見は素敵に年老いていらっしゃる。
私も一緒に老いてきたのだが、果たして素敵がつくかどうか、
That's the question!!





by Hana3131H | 2016-09-23 19:56 | Comments(4)

3日目 9月11日


今回の旅のテーマの一つである、アメリカの音楽の歴史を辿る旅が
いよいよ本格的に始まる。


ダウンタウンから西に2キロほど離れた住宅街、
レコード会社やスタジオが集まる「ミュージックロウ」。
。。。。ここが忌野清志郎さんが録音したスタジオです。。。
小さなスタジオを指さす現地ガイドも彼のファンなのかな。

中でも有名なのがこちら。。。。





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かつては全米の発売されるレコードの50%以上、
カントリーにいたっては90%以上のレコードが
作られていた地区の中でも、最も有名なスタジオだ。

2001年に「カントリー音楽の殿堂博物館」が
ダウンタウンに移転してから、観光客は減り、
静かな住宅街になっているが、現在でも多くの
スタジオが並ぶ地区である。





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ダウンタウンで最も高い場所に立つ、「テネシー州議事堂」
青空と緑の芝生が目に染みる。
この日は9.11 ひこうき雲が目に突き刺すようだ。
慰霊の日、消防車の演習、サイレンが聞こえる。






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向かい側は公園、足元はテネシー州の地図、
アメリカ人の旗好きは有名だが、地図も好きなようだ。
移民が集まって作り上げた新しい国、旗は"United"(結びあう、つながる)の象徴だろう。
地図は?一つの州(State)が一つの国に相当するような広大な土地、
独自の法律を作るなど、開拓し作り上げた故郷を形に表し確認したいのかもしれないな。





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噴水の上の鉄橋を電車。。。。




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古い街並みに音楽が溢れるダウンタウンの一角にあるのが、The District.

ひときわ目をひくのが「南部のカーネギーホール」とも呼ばれる「ライマン公会堂」





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1882年、蒸気船の船長「ライマン」が礼拝や集会のために
建てたものだが、次第に娯楽施設として使われるようになる。
チャップリン、キャサリンヘップバーン、ルイアームストロング、
そしてヘレンケラーなどが立った舞台だ。





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何よりも特筆すべきは、アメリカ最長のラジオ番組「グランド・オール・オープリー」が
1925年以来90年にわたって金、土の夜放送されていること。カントリーを中心に
ブルーグラス、ゴスペル、トラディショナルロックなど、懐かしい音楽を豪華なゲストを
招いてアメリカ人に素敵な音楽を届けている場所でもあるのだ。

公会堂の壁にあったチケット。。。。





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自由時間、ライブハウスに入る。
人通りとしては少ないように見えるが、
沢山あるライブハウスの中に人が集まっているからだ。

カントリーが聞こえてきたので入ったライブハウス。。。。




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壁に貼ってある紙ジャケット、見覚えがあるものも。。。。





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もっとライブハウスで過ごしたかったなぁ~。。。。
後ろ髪を引かれながらナッシュビルを出る。

メンフィスに向かう途中で立ち寄った小さな田舎町、「トゥペロ」
エルビスが生まれ13歳まで過ごした、エルビスの原点の場所。


家は二間の小さな家、「ショットガンハウス」とも呼ばれる。
ショットガンを打てば家を打ちゆく位小さな家と言う意味。

トイレはない。。。。




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トイレは屋外にあり、それは共同で使うものだった。
20代のころ、青森の南部地方に赴任した時、トイレが外に
あり、カルチャーショックだった。「御不浄」と言うが、
不浄なるもの故、外に置かれているのだろう。
だが、ここで見たトイレは、子供の頃、母の田舎に遊びに行った時の
道端にあった「肥溜め」のような雰囲気だ。
貧しい村や町ではこんな形で使われていたのだ。







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敬虔なる母親に手を引かれ、小さなころからエルビスが通った教会は、
小学校の教室のようだ。
これが、教会?
始めはそう思ったが、正面と両脇の壁を使って、当時の礼拝の様子が
再現されると、不思議な感動を覚え、それは余韻となってずっと残っている。
実はこの教会での感動は、この旅の大きな思い出のひとつでもある。

。。。村人が集まっている。皆で讃美歌を2曲ほど歌う。5才位の男の子が
母親に手を引かれ、讃美歌を歌う姿はエルビスを彷彿させる。。。。。
一人の女性が牧師の前で懺悔。。。。。その時ピアノのそばにギターを抱えた
おじ(い)さんが現れ、牧師と共に歌いだすのだ。悲しい響きはない!
悲しみや苦しみを追い払えと言わんばかりの、陽気なカントリーソング。。。。


貧しい白人や黒人が集まった小さな町でエルビスは、歌を浴びながら育った。






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あっ!13歳のエルビスが走っていく。(銅像)
きっと仲間たちと音楽の練習だろう。
そして13歳で一家は夜逃げ同然でメンフィスへ。


このツゥペロには、みやげ店や、エルビスファンが建てたステンドグラスが綺麗な
礼拝堂がある。静かなエルビスの故郷のベンチに座って、
来て良かったなぁ~。。。。と思う。





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夕方、「メンフィス」に到着。
こちらは楽しみだったライブハウスでの食事と生演奏。
「ビールストリート」の角、B.B.King's Blues Club





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ハートを鷲つかみされるほどのブルースのパワー。
このパワーは、過酷な労働を強要され、差別をされる
現実を蹴散らしたい!苦しみや悲しみに向かって、
心から絞り出された黒人の願いだろう、
パワフル、切なさが溢れた音楽に浸りながら感じていた。
何よりも、歌も演奏も最高!
食事のスペアリブも最高で、その話はまたの機会に。
もし、メンフィスに行く機会があれば、必聴、必見、必食の
お薦めの店だ。








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B.B.King 愛用のギターの前で。。。。




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外に出ると。。。。あぁ~やっと日本人に会えた!。。。。
ハグする勢いで接近してきた女性、夫と二人で車で
南部の旅をしているが、日本人に会ったのは初めてだそうだ。
今回の旅、これまでも、これからもほとんど日本人に会うことはなかった。

ビールストリートは賑やかだ。
歩行者天国では若者たちが演奏、
それを楽しむ人たち、
パワーフルな楽しい通りである。





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さて、明日は、メンフィスと言えば、もう一人の歌のキングの地を
中心とした観光である。メンフィスは連泊のHoliday Inn Express へ。

夢の中できっと歌ってくれるだろう、この曲。。。。











by Hana3131H | 2016-09-22 21:04 | Comments(0)

2日目の続き

アトランタと言えば"Gone With The Wind"
ダウンタウンにある作者「マーガレット・ミッチェル・ハウス記念館」へ。

1925年、結婚したばかりのマーガレットが夫と共に7年間暮らしたアパート。
出版社勤めのマーガレットが怪我で自宅療養を余儀なくされ、
夫に薦められて物語を書こうと思った。それは出版などとは露ほども思わず、
自分の子供の頃、若い頃の思い出を、自分のために書き記そうと思った物語。
勝気なお転婆なお嬢様スカーレットはマーガレット、レットバトラーは最初の夫がモデルだ。




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アパートの部屋の様子。。。。

タイプライターが置かれた机の下には書き損じの紙、
その奥は広い出窓になっていて、書き続けた物語が無造作に
置かれていた。二度目の夫は、そっとマーガレットのスペルミスを
直してあげていたと言う。





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マーガレットは食事作りはほとんどせず、夫が作ってくれていた。
この夫がきっとアシュレーのモデルだろう。
洋裁は好きだったマーガレットが使っていたミシン。






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出版する意志などなかったマーガレットだが、
南北戦争時を題材にした作品を求めていた人の熱い願いを受け入れ、
生涯でただ一度出版することになった本、"Gone With The Wind"は、
ベストセラーとなり、そして映画化。。。
未だに世界第2位のベストセラーだそうだ。第一位は。。。。?
。。。はい!当たり。。。。バイブル。


勝気なお転婆娘だったマーガレットだが、有名になってからは、表舞台に
姿を現すことを避けた。自分に関するものも、万が一亡くなった場合は
全て始末してほしいと願っていたから、マーガレットに関して残っている資料
などは極めて少ない。この絵は友人が持っていたマーガレットの自画像。






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展示室の中に、マーガレットが晩年、黒人の地位向上のために
行った慈善事業のコーナーがある。貧しさのために教育を受けたくても
受けられない黒人のために、奨学金制度を作り応援していたが、一切自分の名は
明かさないことが奨学金を受ける条件だったそうだ。

このエピソードで興味深いのは、子供の頃優しい黒人の乳母がいて、
マーガレットは毎晩寝る前に、絵本を読んでくれることを頼んだそうだ。
が、この黒人はにっこり笑って言うばかり。。。今度ね。。。。

この黒人が字が読めないのを後に知ったことが、慈善事業につながっていったようだ。

「風と共に去りぬ」は本を読み、映画も見た。
思い出深いのは、若い頃帝国劇場で見た芝居、舞台に本物の馬が登場し驚いた。
その時、黒人の乳母の役をやっていたのは「宮城まりこ」だったと思う。
スカーレット?確か「草笛光子」。。。レットバトラーは覚えていないよ。

旅に出ておみやげは必要最小限にとどめる。
そのための時間を割くのがもったいない、時間ケチな私だが、
今回自分用に買った数少ないおみやげのひとつ。

活字が大きくて読みやすそう。。。でも読了するかって?
自信はないが、チャレンジする度に今回の旅を思い出すことに
なれば、結構読めるかも(笑)

画像右、マーガレットがこの本を書いたアパートで買った本ですよの刻印!





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昼食後、ナッシュビルに向かうバスの中で見た「テネシー川」




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そう、この歌ですねぇ~♪
友達に恋人を紹介したら、とられちゃった。。。
切ない話なのに、諦観の境地でゆったり歌えるのはテネシー川の
水の流れを思い浮かべているからかしら。。。。
。。。ゆく川の流れは絶えずして しかも元の水にあらず。。。(笑い)










昼食は初めて食べた"Catfish"(なまず)、美味しかった。
食レポは後ほどまとめてする予定。

バスに揺られて4時間、楽しみだったカントリー音楽の故郷「ナッシュビル」に到着。

ホテル "Hampton Inn" にチェックイン。
アメリカのホテルのベッドの高さは半端じゃない!
身長190㎝位の人に合わせて作ってあるようで、
ベッドから降りる時、足が着いたつもりが、おっとっと!!
あやうく足を痛める所だった。




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夕食と音楽鑑賞に出発。





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最初に登場した20歳の青年、
恥ずかしそうに微笑んで歌う様子、
何より顔に似合わぬ低音が素敵なのだ。
前座だと思ったが、後ほど再登場し、堂々と歌い上げる。





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CDを買った!一緒に記念写真。。。。
....I'm moved by the spell of your deep voice....
(低音がとっても素敵ですね。。。)
言葉がけはするものですね、最後にステージから降りてきた時、
再び私のところにやってきて、恥ずかしそうに、肩を抱いてくれたぁ~♪
Zack 君と満面の笑みを浮かべて。。。。





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今、CDを聴きながら書いている。
CDには残念ながら入っていなかったが、当日歌ってくれた
"16 tons" が良かった。



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ソロを含めて4バンドのステージは懐かしいサウンドで溢れている。
歌も楽器も皆上手かった♪
エンディングは"Country Home"




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明日のナッシュビル観光を楽しみに眠りにつく。




by Hana3131H | 2016-09-21 20:32 | Comments(4)

アトランタ①

2日目 9月10日(土)

さて、いよいよ南部の旅が始まるが、
スタートはアトランタのダウンタウンへ。。。

予想以上の都会、南部最大の商業都市だそうだ。
芝生がある周辺が「センテニアルオリンピック公園」、
画像にはないが、右端に五輪マークの噴水がある。
記憶にあるが、亡くなった「モハメッドアリ」が震える手で、聖火を灯した
アトランタオリンピック、開かれたのは1996年。

現地のガイドのKさんが力説したのは、アトランタの交通事情。
渋滞が激しく、オリンピック開催に向けて、道路拡張も案にあったが、
結局は予算の都合上か、車線を増やして切り抜けた。
その分車線の幅は狭められたが、バ~ンバ~ン車が走っている。
数車線の左端に二重の線が引かれた車線がある。
ここは「カーシェアリング優先道路」、空いているからといって、
一人乗りの車が走っているのを取り締まり、罰金5万円とのこと。
車のナンバーには「桃」の絵が描かれたものが多い。
この街はピーチツリーと名のつく通りが多く、
ホテルの朝食でも美味しい「黄桃」を食べることが出来た。
が、実際に街で見かけたのは「桃」の木ではなく、「ハナミズキ」でした。







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公園より徒歩数分、セキュリティーチェックの警備員が立つビルCNNへ。
CNN.....Cable News Network......24時間ニュースだけを流し続けるケーブルテレビ局。
画像は1階、足元のフロアーは世界地図が描かれている。日本、見つけた!





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CNNが世界的に注目されるようになったのは、湾岸戦争時、西側の報道人が次々と退却するなかで、
CNNの記者は最後までバグダッドに残り、決死の報道を世界に発信したこと。
画像はその時使われていた車。。。。家族連れで来たファミリー、男の子が記念写真を撮っていた。






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次に向かったのはダウンタウンの東の外れ、「キング牧師国立歴史地区」。
今回の旅には二つの墓参があるが、その一つである。

「キングセンター」に入ると、公園、そして池がある。
聖なるものは水の上に宿る。。。。。キング牧師と奥さんの墓。
キングの墓石に刻まれた言葉。。。。
公民権運動が実を結んだ前年の「ワシントン大行進」での演説の最後の一節。


"Free at last, Free at last,
Thank God Almighty
I'm free at last."





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墓と向き合うように作られた花壇には、永遠に自由であれ!
そう願って火が灯されている。




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センターの中。。。。





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1964年受賞のノーベル平和賞





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メンフィスで暗殺された時の、旅の荷物。
ガンジーの左隣はホテルの鍵、
そこへは翌日行くことになっている。






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ガンジーの資料、展示はここにしかないとのこと。
ガンジーが使っていた「糸巻き」もあった。




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センターから徒歩数分、キング牧師の生家。
1929年から12歳になるまで過ごした家である。
彼は比較的豊かな家に生まれ、教育を十分受けることが出来たが、
この歴史地区の中でも、豊かさが感じられる家だ。





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道路をはさんで立ち並ぶ家々。。。
貧しい黒人達の家が並ぶ。
現在は一部は生活保護者のために利用されている。






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「公民権運動」(黒人解放運動)に関しては、仕事がら長い間にわたって触れる機会があった。
自ら興味があって、映画を見ることも多かった。
高校時代に出会ったフォークソング、プロテストソングも、
キング牧師をリーダーに、暴力に向かって立ち向かう”非暴力不服従”の勇気ある行動を
後押ししていた。

あぁ~。。。。やってきたんだ。。。。その思いを強くしたのは、
実は翌日の暗殺場所である。


さて、ダウンタウンに戻り、アトランタと言えば、"Gone With The Wind"
その記事は次回に。。。。。


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今日は母に家でゆっくりと昼食を食べてもらい、
母の楽しみのHanaとの昼寝、
今日も秋晴れの一日。。。。




by Hana3131H | 2016-09-20 16:13 | Comments(4)